月

月は、満ちて欠けて、また満ちるものとして読まれてきた。欠けても消えずに戻ってくる姿から、夢の月は、気持ちや物ごとの満ち引きと、自分を静かに照らして見守るものを表す。形は満ちていく途中か、欠けていく途中か。夢の月の形が、そのままいまの自分の時期を映す。日本では、秋の十五夜に月を愛で、月の出を夜更けまで待つ月待の集まりを各地で開いてきた。
月の夢
月の夢が表すのは、心の奥の気持ち、ひらめき、女性的なやさしさ、そして自分を見守ってくれる人の存在。夢占いでは、澄んで明るい月は吉夢、暗く陰った月は、気持ちが疲れている知らせとされる。
読み分けの鍵は、月の形と明るさ。満月はひとつのことが満ちたところ、三日月はこれから満ちていくところ、見えない月は、まだ始まる前の暗がり。もうひとつは月との距離で、遠くに小さく見えたか、手が届きそうに大きかったか。近いほど、その気持ちや願いは自分の手の中に来ている。
満月の夢
月の夢のなかで、いちばんの吉夢。願いごとが満ちて叶う、努力が実る、片思いが通じる、という夢。丸い月をうっとり眺めていたなら、心も満ち足りている。満月が水面に映っていたなら、その幸運は、自分の気持ちを素直に映したところから来る。
三日月の夢
細い三日月は、運気がこれから上っていく夢。新しい仕事や出会いが、まだ小さいけれど確かに始まっている。大きな三日月だったなら、その芽は思ったより早く育つ。赤い三日月は → 赤
新月の夢・月が見えない夢
夜空に月が見つからない夢は、区切りのあとの静けさ。新月は、月がいったん見えなくなって、ここから満ちはじめる日。夢占いでは、悩みがいったん片づいて、次の願いを置く時期とされる。探しても見つからなかったなら、自分を照らしてくれるものを、少し見失っている。
大きな月・月が近い夢
目の前に迫るほど大きな月は、気持ちが大きく満ちてきている夢。とくに恋愛の運が高まり、近いほど、相手との距離も縮まる。大きな満月を見上げて怖かったなら、その気持ちの大きさに、自分がまだ追いついていない。
月が二つある夢
空に月が二つ並ぶ夢は、心が二つに分かれている夢。二つの道、二人の人、本音と建前。どちらの月が明るかったかを思い出すと、自分の気持ちがどちらに傾いているかが分かる。
赤い月・月食の夢
月が欠けて暗くなる月食の夢は、自分を照らしていた光が一時さえぎられている夢。ただ、月食は必ず抜けて、月は元の明るさに戻る。夢の中で月が戻ってきたなら、その陰りは長く続かない。赤い月そのものの夢は → 赤
月が落ちる・隠れる夢
月が雲に隠れる夢は、見守ってくれていた人と、気持ちが少しすれ違っている。月が落ちてくる、崩れる夢は、当たり前に頼りにしてきたものが形を変える知らせ。落ちた先が海や水の中だったなら、その気持ちは消えずに、深いところへ沈んで次の形を待っている。→ 海
月に行く夢
月へ昇っていく夢は、手の届かないと思っていた望みに、手を伸ばしはじめている夢。かぐや姫は月の都から来て、月へ帰っていった(下の「日本の縁起」)。帰っていく場所として月を見ていたなら、自分の本来の場所を探している。
太陽と月が一緒に出る夢
昼と夜が並ぶ夢は、相反するものがひとつにまとまる吉夢。仕事と気持ち、自分と相手。→ 太陽
現実で月に出会ったとき
- 十五夜の月を見る:秋の実りに感謝して月を愛でる日。見たら、十三夜の月も見る(下の「片見月」)
- 新月の日:スピリチュアルでは、新月は始まりの日で、願いごとを書き出す日とされる。新月を縁起が悪いとする声もあるが、スピリチュアルの読みでは、見えない月はこれから満ちていく始まりの月になる
- 満月の夜:空にした財布を満月に向けて振る「お財布ふりふり」が、金運のおまじないとして広まっている。満ちた月の光で、財布の中を清めて新しく満たす、という考え方。→ 財布
日本の縁起
- 十五夜と十三夜:十五夜(中秋の名月)は旧暦8月15日の夜の月で、芋を供えることから芋名月ともいう。十三夜は旧暦9月13日で、栗や豆を供えるので栗名月・豆名月、十五夜の「前の月」に対して「後の月」とも呼ぶ。旧暦は新月の日を1日とするので、十五夜はちょうど満月にならず、一日二日ずれることも多い
- 片見月:十五夜と十三夜のどちらか一方しか月見をしないことを片見月といい、縁起が悪いとされてきた
- 月の兎:『今昔物語集』に、兎・狐・猿が、飢えた老人のために食べ物を集める話がある。何も取れなかった兎は、自分を食べてもらおうと火に飛び込んだ。老人は帝釈天で、兎の姿を月の中に移して、すべての人に見えるようにした。→ うさぎ、狐、猿
- かぐや姫:『竹取物語』で、かぐや姫は八月十五日の夜、月の都からの迎えに連れられて帰っていく。天の羽衣を着ると、人の世での思いは消えてしまう。帝は、姫が残した不死の薬を、天にいちばん近い駿河の山の頂で焼かせた。富士の名はここから来た、と物語は結ぶ。→ 富士山
- 月待:旧暦の十三夜、十九夜、二十三夜などに、講の仲間が宿に集まり、飲んだり食べたりしながら月の出を待って拝んだ。なかでも二十三夜待が広く行われ、本尊は勢至菩薩。記念に建てた月待塔、二十三夜塔が、いまも道端に残っている
- 月読命:『古事記』で、黄泉の国から戻ったイザナギが禊をし、右目を洗ったときに生まれた神。左目からは天照大御神が生まれ、月読命は夜の国を任された。→ 神様
タロットの月
大アルカナの18番、月。ウェイト版の絵柄は、夜空の真ん中に人の横顔を宿した月。そこから大小の光が放たれ、雫の形の光が地上に降りている。その下に二つの塔が立ち、塔の間を細い道が遠くの山並みへ延びる。手前では犬と狼が月に向かって吠え、池からはザリガニが一匹、陸へ這い上がろうとしている。
ウェイトはこの札を「霊の生ではなく、想像の生」と書いた。月の光は太陽の光を映した借りものの光で、その先にある謎までは照らさない。塔の間の道は「未知への出口」。犬と狼は、借りた光しか頼りのない夜に、その出口を前にした心の怖れ。水の底から上がってくるザリガニは、名前のつけようのない、もっと深いところの衝動。そして月の顔はその騒ぎを静かに見下ろし、思いの露が降り、告げる言葉は「静まれ」だ、とウェイトは続ける。
月の夢を見た朝にこの札が出たなら、夢と札が同じ夜を見ている。不安で吠えている自分がいても、道は塔の間を抜けて、山の向こうまで続いている。
- 女教皇:足もとに三日月を置いて座る巫女。ウェイトは彼女を「借りた光の女王」と呼んだ。三日月の夢、静かに月を見上げていた夢の札。まだ言葉にならない直感を、そのまま大事にしていい
- ソードの2:目隠しの女性の背後に、海と三日月。→ 迷う
世界の象徴としての月
- 嫦娥:中国の伝えで、不死の薬を飲んで月へ昇った女性。→ カエル
- セレネとエンデュミオン:ギリシャ神話の月の女神セレネは、羊飼いの美青年エンデュミオンを愛した。エンデュミオンは、若さを保ったまま永遠の眠りにつき、セレネは夜ごと、眠る彼のもとを訪れたとされる。月は、眠る人のところへ来るもの
- 暦としての月:日本の旧暦は、新月の日を1日として、月の満ち欠けで日を数えた。十五夜の「十五」も、この数え方から来ている
二十三夜の月は、満月から半分ほど欠けた姿で、真夜中ごろにようやく東の空に昇ってくる。月待の人たちが夜更けまで起きて、話をしながら待っていたのは、その欠けた月の出だった。夢で見た月が欠けていたなら、それも、昇ってくるのを誰かが起きて待っていた形の月。

関連する項目
海・太陽・星・赤・うさぎ・狐・猿・カエル・犬・富士山・神様・財布・迷う・水
今日の一枚
大アルカナから一枚。
