桜

桜は、咲き切って散り、また次の春に咲く花として読まれてきた。いっせいに咲き、満開のあと数日で散っていく。その姿が、日本では人生の節目や、はかない美しさ、潔さと重ねられ、同時に、春の田の神を迎える花、神の宿る木としても大切にされてきた。夢の中の桜は、いまの自分がどの節目にいるかを映す。蕾なら始まる前、満開ならいちばん報われる時、散っていくなら、ひとつの季節が次へ入れ替わる時。
桜の夢
夢占いでは、桜の夢は吉夢として読まれることが多い。表しているのは、努力が実ること、恋や人間関係の華やぎ、人生の節目、そして過ぎていくものへの名残。
読み分けの鍵は、桜がどこまで咲いていたかと、誰と見ていたか。咲き具合は運の季節を、一緒にいた人は、その季節を誰と迎えるかを表す。見とれるほど美しかったなら、節目は喜びの側に来ている。美しさがかえって胸をざわつかせたなら、変わっていくことへの心の準備が、まだ追いついていない(下の「桜の樹の下には」)。
満開の桜の夢
桜の夢のなかで、いちばんの吉夢。積み重ねてきたことが実り、運がいちばん開いている時期。仕事なら評価され、恋なら思いが通じる。満開の桜の写真を撮っていたなら、この時期のことを、あとで何度も思い返すことになる。
蕾・咲き始めの桜の夢
これから始まる夢。新しい仕事、新しい恋、新しい暮らしが、まだ小さな蕾のまま育っている。枝の先にぽつぽつと花が開きはじめていたなら、うれしい知らせは近い。
桜が散る夢
はらはらと散る桜を見ていた夢は、ひとつの季節が終わる夢。卒業、別れ、役目の終わり。寂しかったなら、その時期への思いがまだ残っている。穏やかに見送れたなら、もう次へ気持ちが向いている。桜は散ったあとに葉を茂らせ、その年の夏には次の春の花芽を枝に準備する。散る夢は、次の春の支度が始まった夢でもある。
桜吹雪の夢
風に舞う花びらに包まれる夢は、散る夢とは受け取り方が違う。祝福と、人生に華を添える出会いの夢。花びらが体や髪にとまったなら、自分のところに幸運や好意が降りてきている。
夜桜の夢
闇の中に白く浮かぶ桜は、昼には見せない気持ちの夢。好きな人と並んで見ていたなら、秘めた恋が深まる。ひとりで見ていたなら、自分の本心と静かに向き合う時期。月が出ていたなら、その気持ちは澄んでいる。→ 月
花見をする夢
桜の下で誰かと宴をする夢は、人の輪が広がり、打ち解ける夢。一緒にいた顔ぶれが、この先の自分を支える人たち。知らない人と盛り上がっていたなら、新しい縁ができる。
桜並木を歩く夢
桜並木の下を進む夢は、進む道が祝福されている夢。まっすぐ先まで花が続いていたなら、迷わず進んでいい。
季節外れの桜の夢
夏や秋、冬に咲いている桜の夢は、思いがけない時に来る幸運の夢。遅れて報われること、あきらめかけていたことが花開く。ただ、ちぐはぐな感じが強かったなら、気持ちだけが先に進んで、まわりの季節が追いついていない。
雨や雪の中の桜の夢
雨に打たれる桜は、喜びの中にある少しの寂しさ。雪をかぶった桜は、試練をくぐって咲く強さの夢で、苦しい時期にこそ自分の花が開く。→ 雨、雪
神社の桜・富士山と桜の夢
神社の境内に咲く桜は、神さまに迎えられている夢。願いごとが届きやすい時期。→ 神社。富士山と桜が一緒に見えた夢は、桜の女神コノハナサクヤビメが富士山の神でもあることから、大きな吉夢として喜ばれる。→ 富士山
桜の樹の下には
桜の夢には、明るいだけでなく、どこか怖いほどの美しさがつきまとうことがある。その感じを言葉にした人が二人いる。
- 西行:平安の終わりの歌人、西行は「願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」と詠んだ。できることなら桜の下で、春、如月の満月の頃に死にたい。西行は文治6年(1190年、この年のうちに建久と改元)2月16日、河内の弘川寺で亡くなった。歌のとおりの最期に、当時の人々は深く心を動かされた
- 梶井基次郎:1928年の短い作品「桜の樹の下には」は、「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という一文で始まる。語り手は、桜があまりに見事に咲くのが信じられず、何日も不安だった。けれど、樹の下の屍体から滴る「水晶のような液」を根が吸い上げ、それが花になっているのだと思い描いたとき、ようやく落ち着いて花を見られるようになる
夢で見た桜が美しすぎて落ち着かなかったなら、それは桜が、見えない根の下に積み重なったものを吸い上げて咲いている花だから。自分がここまでに通ってきたこと、終わらせてきたことが、いま花になっている。
現実で桜に出会ったとき
- 季節外れの桜を見た:秋に葉を早く落とした桜が、暖かい日に誘われて咲く「狂い咲き」。スピリチュアルでは、時期を外れて届く幸運の知らせとして受け取られる
- 神社の桜が満開だった:神さまの歓迎として受け取る人が多い。桜は神の宿る木とされてきた(下の「日本の縁起」)
- 花びらが手や肩に落ちた:幸運が降りてきたしるしとして、そっと持ち帰る人もいる
日本の縁起
- さくらの名前:「さ」は田の神、「くら」は神の座る場所で、春に田の神が降りてくる木が「さくら」だという説がある。「咲く」に「ら」がついたという説、コノハナサクヤビメの名から来たという説もある
- コノハナサクヤビメ:『古事記』で、ニニギは山の神の娘である姉妹のうち、美しい妹のコノハナサクヤビメだけを妻にし、姉のイワナガヒメを送り返した。父神は、岩のように長い命を授けるはずの姉を返したことで、天の神の子の命は、木の花のように咲き栄えても、はかないものになると告げた。名の「木花」は桜の花のこととされる。産屋に火を放って子を生んだ話は → 火
- 花見の始まり:奈良時代の人が愛でたのは、中国から来たばかりの梅だった。平安時代に入ると桜に移り、嵯峨天皇が812年に神泉苑で催した「花宴の節」が、記録に残るはじめの花見とされる。豊臣秀吉の醍醐の花見(1598年)を経て、江戸時代の中ごろには、徳川吉宗が飛鳥山などに桜を植えさせ、庶民の花見が広まった
- 吉野の千本桜:奈良の吉野山では、役行者が修行中に現れた蔵王権現の姿を桜の木に刻んだと伝わる。そこから桜は神木とされ、祈願のときには桜の苗を納めるのが何よりの供養となった。いまも山にはおよそ3万本の桜があり、下千本・中千本・上千本・奥千本と、山の下から上へ順に咲いていく
- 桜湯:結納や結婚式では、お茶の代わりに、塩漬けの桜にお湯を注いだ桜湯を出す。「お茶を濁す」を避けるためで、湯の中で花びらが開く姿がめでたいとされる。→ 結婚
- 桜は縁起が悪い?:すぐに散ることから「散り急ぐ」、散った花がすぐ色あせることから「心変わり」と見られ、江戸時代の初めごろまでは縁起のよくない花とされることもあった。庭に植えるのを避ける家があるのも、この散る印象から。一方で、散り際の潔さは「花は桜木、人は武士」と、武士の生き方にも重ねられた
タロットの桜
ウェイト版には、桜を描いた札は無い。読みの重なる札は二枚。
- ワンドの4:地面に立てた四本の杖に大きな花飾りが渡され、二人の女性が花束を掲げている。奥には堀にかかる橋と、古い館。ウェイトはこの札を、安らぎ、和合、繁栄、そして収穫を祝う家の宴のような札と書いた。花見をする夢、満開の桜の下で人が集まる夢と同じ場面
- 死神:黒い旗に白い薔薇を掲げた死神が、白い馬に乗って進む。奥では二つの塔のあいだに太陽が昇る。桜が散る夢を見た日にこの札が出たなら、終わりの向こうにもう次の朝が来ている
世界の象徴としての桜
- ワシントンの桜:1912年、東京市長の尾崎行雄が、友好のしるしとして3,020本の桜をアメリカの首都ワシントンに贈った。3月27日、大統領夫人ヘレン・タフトと駐米大使夫人の珍田子爵夫人が、ポトマック河畔に最初の2本を植えた。いまも春ごとに咲き、祭りが開かれている
梶井基次郎の語り手は、樹の下に埋まっているものを思い描いたあとで、「今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする」と言って話を終える。夢の桜が、見とれるほどきれいで少し怖かったなら、その根が吸い上げてきたものを思い出してから、花を見上げればいい。

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